青空日記

日々感じたこと、思ったことを自由気ままに書いていきます。

情報のインプット

現在、あらゆることをインターネット経由で調べられるような時代となっています。

そんな時代で、知識というものは情報というものに置き換えられてきているのも事実です。

何かわからないことがあれば、調べるという動作1つで、知識を持っている人とそうでない人の差はなくなります。

まさに、情報そのものが知識と同じ意味を持つ時代なのです。

 

だからこそ、より多くの情報に触れることが必要です。

更にはその情報を自分で噛み砕くことが出来るほどの教養を持っていなければいけません。

その分野の先人たち、プロフェッショナルの人たちの情報をしっかりと理解することが出来るのは、そういった教養を備えてる人たちです。

 

分野を問わず、あらゆる情報をインプットすることで自分の知識の幅は大幅に増えることでしょう。

そしてその情報は、思わぬところでリンクするものです。全く関係のない分野の情報同士が新しい形となって生まれます。それこそがアイデアなのです。

 

種がなければアイデアは生まれません。1つ1つの種。つまり情報がどこかでリンクし、アイデアという形になるのです。

 

これまでも、そしてこの先も、常に情報を浴びることを意識して生活することが新しい発見のための一歩となるのです。

 

素敵

アイドルの話で、昨日も似たようなことをTwitterでツイートしたんですけど。

 

最近対バンライブとか行ったりして感じるのが、ライブを頑張って盛り上げようとしてたり、1人1人にビラ配りしてたり、他のアイドルのライブを輝いた目で見てたり。

 

素敵すぎるんですよ。。

 

自分が本気で情熱を注げるものを見つけるのって、凄く難しいことだと思うんです。

それも10代とか、20代前半とか。若い段階で見つけてる訳ですから尚更だと思うんです。

 

まだ世の中に多くある職種を、たくさん知ってる訳でもないし、人生経験もそんなに多くないのに、その段階でもう既に、自分の好きなことを見つけて、しかも本気でそれをやってるって。

 

ほんとにほんとに、素敵すぎるんですよ。

 

アイドルは可愛い子ばっかりだし、ライブも楽しいし、そこに行くと楽しいからこそ元気になれるっていうのが、今まで僕がアイドルに行っていた理由だったんですけど。

 

それよりも大きな理由を発見できました。

 

それは、アイドルって、自分が好きなことで、夢とか目標に向かって全力で情熱を注いでる人たちばかりが集まってる所です。

 

そんなの見たら、自分も勇気もらえるし、頑張ろうって思うに決まってますよね。

 

今まで以上にアイドルを好きになったし、これからも全力で応援したいと思いました。

 

そして自分も、勇気をもらうだけじゃなく、与える側になれるように、これからも頑張って行こうって思えました。

 

未知な世界

僕は道を歩いていて、時々脳がちぎれそうになるくらいに思考してしまう時があります。

別に、対して特別な出来事が起きていると言うわけではありません。

何もない日常の風景を見て、思考してしまうのです。

 

例えばすれ違う人たちを見ると、この人たちにはそれぞれ何十年もの人生があるんだろうなぁ。

それを他人である自分が知る由もないよなぁとか。

今世界中の人たちが何かを考えているのに、その考えをなに1つ自分はわからないんだなぁとか。

すれ違う1人1人の運命はどうなっていくんだろう。今後この人たちはどんな人生を歩んでいくのだろうとか。

とにかくそんなどうでもいい事ばかり考えています。

 

何か生物を見れば、その実態について深く考えます。

どういう感情を抱くのだろうか。そもそも感情なんてあるのか。

なにが見えているのだろうか。どういう音が聞こえているんだろうか。

などなど。深く深く考え込むのです。

 

結局なにも知らないからこそ、人生というものに大きな魅力があり、この世の中は成り立っているのだと思います。

 

しかし一度くらい、この世の真理の全てを知って見たいという、莫大な知への欲求は捨てることはできません。

 

この世の中は、本当に、未知なことで溢れていますね。

愛の概念

最近の恋愛において、愛という価値観にずれが生じている気がします。


僕は、恋というものは何らかの出会いにより「始まるもの」だと思っていました。

しかし、最近は「買い物」とある種似た概念が存在しているのではと感じています。


例えば買い物であれば、自分の欲しいものがなんなのか。その値段はどのくらいなのか。自分に見合うものを買い求めますよね。


1番欲しいものをお金を貯めて買う人がいます。その場合はこの例には当てはまりません。

しかし、自分の買える範囲。つまり現状の資金内で買うものを探している人が大多数でしょう。

その日の夕ご飯や、住む家に払う家賃。自分が使う家電など、自らの経済力を考慮しての判断がほとんどだと思います。


自分が持っている価値。つまりここで言うお金と、商品の価値。商品の値段のことですね。その価値同士の交換こそが、買い物です。


その状況は、つまり何らかの物をゲットしているという形なのです。

この、ゲットしている。という概念こそが僕が感じている買い物と恋愛の似通っている部分であり、愛という価値観のずれなのです。


本来ならば始まるはずの恋が、自分の容姿や相手の容姿、知名度、経済力、性格等。

様々な要素において、自らの価値を考慮した上で手が届く範囲の中から恋人をゲットしようとする。

自分の価値と相手の価値が対等くらいだと認識した時にのみ動き出す。そんな形が恋愛の形になってきている気がするのです。


自分がどんな人であっても、相手が一般人や芸能人問わず、本当に好きな人に注ぐことが、「愛」という形です。

しかし現代の人たちは、価値。言い換えるならば、「可能性」という言葉を重視し、妥協を許しているような気がするのです。


何もこれが、悪いことだとは言いません。否定もしません。

しかし、本当の愛とは自分と相手の価値の交換ではなく、本当の意味での自らの愛を注ぐものだと思います。


買い物だって、妥協して自らの経済力の範囲内で買ったものよりも、本当に欲しいものを手にした時の方が、嬉しさがあるはずです。


そして本当に欲しい物だからこそ、お金を貯めるという行為、恋愛で言えばアプローチをするという行動の、モチベーションもあがるはずなのです。

さらに、買った後も長く愛用するのは、心から欲しいものでしょう。

恋愛だって、同じなのです。


価値という概念に囚われず、本当の愛。というものを考えるのも良いかもしれません。

人生という物語

人は、みんな人生を送っています。

たくさんの人がいれば、その数だけ、全く違う人生が存在するのです。

 

そんな人生は、1つの物語だと僕は思っています。

その物語には、それぞれに素敵なストーリーがあり、とても濃密なものとなっているでしょう。

 

歳を重ねた人は、それだけ多くの経験をしています。

言ってしまえば、その人のそのものが1つの図書館のような、膨大なストーリーを持っていることでしょう。

 

しかしその物語は、年月が経つごとに薄れて行きます。

今日経験した出来事が、1日、1ヶ月、1年、10年と経っていくうちに、鮮明に描くことができなくなってしまうのです。

 

その時の会話、天気、景色、雰囲気。様々な要素がその瞬間をつくっています。

そのどれか1つが欠けては、その時に抱いた感情のマックスをもう1度思い出すことはできないでしょう。

 

せっかく体験した素晴らしい思い出も、歳を重ねるごとに薄れてしまっては、もったいないですよね。

多くの経験を積み上げていっても、それを忘れてしまっては、思い出の数は変わりません。

 

人生というタイトルの本を、素敵なものにしたいですよね。

だからこそ、過去の思い出を自分のアルバムの中に、鮮明にしまっておくことが大切です

 

では、どうやって残しておくのか。

 

簡単です。過去の思い出、例えば小学校や中学校、高校や社会人の頃。今まで生きてきた中で思い出せることを、ノートにまとめるのです。

そうすることにより、今後将来、今の記憶よりも薄れることは防げます。

そして今日からは、心に留めておきたい思い出を、ノートに記録していくのです。

 

要は、本当に一冊、自分の人生の本を作りあげるのです。

自分の物語を、より鮮明で素敵なものにするためです。

 

これにより、後々見返したとき、記憶を辿るよりも、より多くの思い出を振り返ることができ、かつよりリアルに感じることができるでしょう。

 

実際に僕も書き留めていますが、振り返った時の感動や、感慨深さは、ただ頭の中で思い返すよりも、とても深いものになっていると思います。

 

せっかくの自分の思い出を薄れさせないためにも、素敵な思い出を書き留めましょう。

 

お気に入りのノートに、お気に入りのペンで

無の環境

お風呂って、皆さん必ず入りますよね?

実はその時間は暗記や考え事に最適な時間なのです。

 

お風呂には、インプットするものがありません。石鹸や水などがあっても、中々それに注目することはないでしょう。

 

考えて見てください、お風呂の中では何かについて考えるか、歌を歌うか、まあそんなところだと思います。

スマホ等を持ち込めば別ですが、普通に入る分には、そんなにすることはありません。

 

部屋ではテレビがあったり、スマホがあったりと、常に何かに触れていることだと思います。

しかし、唯一お風呂は、何も脳にインプットするものがない、言わば無の環境なのです。

 

だからこそ、何かを考える時も、暗記をする時も、邪魔なものは一切なく、集中して行うことができます。

 

どうしても覚えたいものがある時は、覚えることをメモに取った紙を防水ケースに入れて持ち込めば、かなりの集中力で暗記できるでしょう。

覚えるまで湯船に浸かったままでいる。なんてミッションを課したら、余計に早く覚えられるかもしれません。

 

また、お風呂に入る前に今日はこれについて深く考えよう!など、1日1つテーマを決めて入るのも良いと思います。

その行動1つで、自分の引き出しがぐんと増えるはずです。

 

僕も、入浴時は意識しなくとも色んなことに関して思考していることが多いです。

そのくらい、お風呂場という環境は、脳を使うのに最適な環境だと思います。

 

みなさんも、入浴という行為を、ただ毎日の習慣化された行動の1つとして捉えるのではなく、自分にとって有益となるような時間に変えて見てはどうでしょうか。

 

特別な物はいりません。自分の意識を変えるだけで、実践できると思います。

 

またさらに、工夫してインプットするものが何もない環境を、自ら作り出すというのもありだと思います。

物のない部屋に、スマホを持たないで入るだけで、無の環境はつくれますからね。

 

ぜひ、無の環境を生み出す。静寂の中に自分の身を置く。ということを実践して見てください。

見えている世界

僕は、バスに乗っていました。

ちょうど窓の外を良い天気だなぁ。なんて気分で眺めていると、ふと2人の通行人に目が行きました。

 

ここでは、この2人をAさんとBさんと呼ぶことにしましょう。

 

AさんとBさんは、ただの他人として普通にすれ違いました。よくある日常です。

 

しかしすれ違った直後、Aさんは振り返り、一緒に歩いていたAさんの友達であろう人に、Bさんを見ながらなにやら話していたのです。

バスの中から見た感じは、Bさんの何かについて話してるように感じました。

 

もちろんBさんは、すれ違った後は前を向いて歩いているわけですから、そんなことに気づくはずもありません。

ただただ、先に向かって歩いて行きました。

 

それを見てふと思いました。

状況を見れば、ただ人がすれ違ったあと、片方の人が振り返り何やら話していただけです。

 

しかし僕は、意外と見えてる世界が狭いなぁとその景色を見て感じました。

 

Bさんにとっては、前を見て歩いている、その時見えてる景色だけが、その瞬間のBさんにとっての世界の全てです。

 

もちろん、知識という面ではBさんは日本という国があり、その外側には他の国があって。というように、世界が存在していることは、当然知っています。

しかし、今の一瞬。その時の状況で言うと、すれ違った直後の一瞬の時、Bさんが見えている世界は前方の景色のみなのです。

 

人はたった半径5メートルのことさえ、知らない状態で生活しているのです。

 

なんだかとても、見えている世界が狭く感じてしまいますよね。

 

なんてことを考えながら、赤信号で止まっているバスの中ですれ違った2人を見てたんです。

 

そしたらちょうどAさんも赤信号で立ち止まり、偶然目が会いました。

案外、可愛かったんですよ。

それを見て、可愛いなあなんて思ってる時にバスが動いて。。

 

ふと気付きました。動き出したバスの後方でAさんは多分、僕のことを変なやつだったなあなんて隣の人に話しているのかなぁって。

 

その瞬間、あらためて僕もかなり狭い世界にいることを実感させられました。